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★メモ用

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Jun 26, 2006

[][]1988「ヴェーバー中国および日本の近代化」『思想』n.767 1988「ヴェーバーと中国および日本の近代化」『思想』n.767 - suneoHairWax::sociology を含むブックマーク

Jun 25, 2006

[]「伝記、姿勢、そしてカードボックス「伝記、姿勢、そしてカードボックス」 - suneoHairWax::sociology を含むブックマーク

フランクフルト学派」の理論――もし、そういうものがあればの話ですが――では、学問的に作業できているとは思いません。それは充分な複雑性を持っておらず、十分な変化に富んでいない立場です。批判理論は抵抗的な態度や諦観的な態度以外のものを挑発する充分な複雑性を持っていないのです。

機能主義はつねに、異なったものを互いに比較できるということを意味する

内務省担当職員との会話を思い出します。彼は私に、「郡レベルで一度は仕事をしておかないと正規の役員にはなれないだろう」と言ったのです。私は「ヘルダリンを読んでいます」と答えてやりました。

ある人が本当に保守的であれば、多様な変化のなかでなにかを保持するために、相当のものを変更しなければならないでしょう。そのような状況にあって「保守的」ということがいえるのでしょうか。

[]「アルキメデスと私たち」 「アルキメデスと私たち」 - suneoHairWax::sociology を含むブックマーク

社会的行為の主観意味の問題は、たしかに古典的社会学理論では中心的問題となっています。システム理論は、社会的行為を――情報・伝達・理解の統一として把握される――コミュニケーションにかかわる概念で把握しようとしています。そのさい、超越論的要素や主体への関係をすべてラディカルに無視します。それは、主体というコンセプトが非常に問題の多いものであるからです。そのうえ、同時代の社会学理論はどれも主観的・超越論的パースペクティヴを厳格に回避できませんでした。もちろん、ハーバーマスフランス社会学者パーソンズもできませんでした。したがって、主体というカテゴリーの使用を回避した方がよいと思っています。そして、それこそがまさにシステム理論が実施しているものです。主体という名称で個人的な心的生活のパースペクティヴが関連づけられるのであれば、それを「個人」や「人格」といった概念において文化的ゼマンティクのレベルで扱うことができます。

―――現在の状況は自己記述の危機によって、そこから全体を記述できるようなアルキメデス支点の欠如によって、特徴づけられているように思えます。(略)

あなたの現在の状況に関する記述に賛成しますが、こんにち、全体を記述するためのアルキメデス支点を考えることはもはや不可能だと思います。社会学もそうした点にはなりえません。(略)たとえば政治がそうした記述からの結論を容認しないのであれば、それはまさに政治が別の立場、同じ現実を別の仕方で記述する別のパースペクティヴを代表していることから生じるわけです。しかし、社会学者としての私は、政治が私の記述を容認しない理由を理解できます。学問的視点では、つまり、私は社会学がより高いレベルの記述であることを維持するわけです。そして、それを示すことができると信じています。

May 30, 2006

[][]単位行為 unit act 単位行為 unit act - suneoHairWax::sociology を含むブックマーク

初期パーソンズの主意主義的行為理論における「具体的な行為諸現象を有意味に分析するさいの『もっとも基本的な単位』」で、「社会的行為social action」と同義。actor(行為者)・end(目的)・situation(手段と条件)・normative orientation(規範的志向)の四要素から構成される(『社会的行為の構造』1937、以降SSA)。

(1)行為者とは、人間あるいは物質的な有機体ではなく、自我(Ego)あるいは自己(Self)と考えられている。肉体や精神は、行為者にとっては環境であり、行為の状況(situation)である。

(2)目的とは、「行為者によって望ましいとみなされているがゆえに、ある行為がをれへと方向づけられているような未来の事態」(SSA:75)である。これは「具体的目的」と「分析的目的(=行為者の行為によってもたらされる限りでの未来状態)」とに区別される。

(3)状況とは、行為者の主観的観点からしてコントロール可能な「手段」とコントロールしえない「条件」に区別される。

(4)規範的志向とは、目的と状況との関係様式であり、目的を実現しうる複数の手段の中から、ある特定の手段を選択させる基準を「規範」という。

すなわち行為者は、〈目的定立〉〈手段の選択〉〈意志と努力〉し、これらを〈主観的観点から理解〉することから、この概念図式は主意主義的性格をもつといえる。

→主意主義

May 13, 2006

[][][]1996『近代化の理論――近代化における西洋東洋』(講談社学術文庫1996『近代化の理論――近代化における西洋と東洋』(講談社学術文庫) - suneoHairWax::sociology を含むブックマーク

May 07, 2006

[]目的合理性/目的合理的行為 目的合理性/目的合理的行為 - suneoHairWax::sociology を含むブックマーク

Zweckrationalität/zweckrationales Handeln

  • 弘文堂

ある行為が、一義的に捉えられた目的にとって行為者自身が適合的と考える手段にもっぱら指向してなされるとき、この行為が準拠する基準を目的合理性といい、こうした行為を目的合理的行為という。M.ヴェーバーは、この概念を、価値合理的・感情的伝統的行為ならぶ社会的行為の一類型として位置付けた。このとき目的合理的行為は、一般に予期に準拠したものとなる。すなわち、外界の対象や他者のふるまいが予期され、この予期が合理的に追求されるべき目的のための条件や手段として利用されるのである。それゆえまたこれには、可能な随伴結果の予期とその評価も含まれる。しかし目的合理性は、あくまでも行為者の抱く主観意味に定位する点で機能的合理性やシステム合理性と異なっており、さればこそ理解社会学の基礎範疇となる。(中野敏雄)

May 06, 2006

[][]宇都宮京子、1999、「マックスヴェーバーの行為論」『情況 現代社会学の最前線[1]20世紀社会学の知を問う』(情況出版) 宇都宮京子、1999、「マックス・ヴェーバーの行為論」『情況 現代社会学の最前線[1]20世紀社会学の知を問う』(情況出版) - suneoHairWax::sociology を含むブックマーク

ヴェーバーにとって、人間人格歴史的連関の原因的な要素として組み込まれ得るが、「自由」の概念は、予測不可能性とではなく、むしろ、予測可能性と結びつくものと考えられていた。

シュモラーvs.メンガーの方法論争

ヴェーバーの行為論は、行為者の判断や心理がその行為にある方向性や傾向を与え、その行為が歴史的あるいは社会学的事象の原因となる場合を問題とするところから生まれてきた。その場合、ヴェーバーは、歴史学の領域においても、行為の動機を理解する場合にも、各要素間の関係を、法則を利用して説明することはしても、法則から演繹的に説明する立場には否定的であった。

「理解」とは「解明」つまり因果帰属という方法で行われる説明

「客観的可能性の範疇」の用い方

「客観的可能性の範疇」とは、二つ以上の要素の間の連関を、法則に当てはめて排他的で必然的な関係であると初めから前提せずに、条件との関係で確率の高さに基づいて、事実上の原因と結果として結びつけられる可能性が高いと判断する際に用いられる範疇である。

刑法上の責任の問題が」、「ある特定の外的結果を“引き起こした”のは、ある人の“せい”で彼の行為に原因があると我々が主張できるのはどのような状態のもとであるか、といった問いをふくむかぎり、それは純粋因果性の問題だからである。しかもこういった刑法上の責任追及の問題のもつ論理的構造は、歴史因果性の問題がもつ論理的構造と明らかに同じものである」と[RK]。しかし、「法律、特に犯罪捜査学は歴史と共通した道から離れて、さらに法律特有の問題設定に向かう」のであり、それは、「該当する法規の上から“責任”があるということは、なにはさておき行為者の側の確実な主観的構成要件(意図とか結果の主観的に制約された“予見”等)によるべき」という点である。[RK]

    • (3) 合理的解明と因果帰属

「「手段」の「目的」に対する関係が合理的なものであって、「法則性」という意味での普遍的な因果考察が相当な程度まで可能である」ため、「われわれが人間の行為を、その手段が明瞭に認識されているところの、明瞭に意識されかつ意欲された「目的」によって制約されたものとして「理解する」場合には、この理解が特に高度の「明証性」に到達することは疑いを容れない」。「合理的な行為が存在する場合には、つねに……、ある特定の挙措についてはいかなる結果が期待されるかをあらわす経験的諸規則の複合体の中へその断片をはめこむ」ということがおこなわれるのである」[RK]

目的合理的行為の意味はもっとも理解しやすい

……このようにして、ヴェーバーは、高い明証性をもつものから、条件としてのみ利用できるものまで、行為者自身に備わったり、取り巻いたりしている状況をその段階に合わせて分類するのである。

    • (4) 帰属判断と理念型

目的合理的なるものが、目的非合理なるものの射程を確定するための理念型として役立つのである」[KS]

理念型を構成する観点は「文化意義」との関連で変化[OE]

    • (5) 整合型と二つの意味の区別について

ウェーバーの動機理解に関する論述を含む様々な概念規定は、1913年頃と1920年ころとでは差異がある。その一例として、「理解」論文においては、「社会論文にはでてこない「整合型」という概念が用いられている。

主観的に抱かれた意味」と「客観的に妥当する意味」の関係



  • 2. 四つの行為類型について
  • 3. ヴェーバーの行為論の影響と限界

May 05, 2006

[][]1972「第8章 結論――儒教とピュウリタニズム」『宗教社会学論選』(みすず書房1972「第8章 結論――儒教とピュウリタニズム」『宗教社会学論選』(みすず書房) - suneoHairWax::sociology を含むブックマーク

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